*1 交差点にあるコンビニから辻標を見る (写真中央)
*2 辻標を見る
*3 交差点から産業道路方面を見る (写真左側に辻標を見る)
*4 大正9年12月の碑文
荒井、七郷地区は近年、急激に開発が進み昔の面影を残すものは少ない
私は1年浪人生活をして結局は叔父の紹介で叔父と同じ会社に就職した
会社はこの近くで当時は田んぼの真ん中に浮き島状に新興住宅街がポツンと出
来ていた
その当時、六丁の目の”仙台整形外科病院”の南側の道路はじゃりみちであった
とにかく発展が目覚ましく、区画整理事業により道路拡幅、直線化などなど...
冗談抜きに昔からこの地区に住んでいるご老人がよく迷子になるくらい変わり
様は目を見張るものがあった
因みに昭和53年の宮城県沖地震をこの荒井で私は体験した
その時は”この世のおわりだ!”と思うくらいの激しい揺れで
大人が立っていられなくて、地べたにしゃがみ込むくらいだった
(*2の写真の碑文をもとに当時におもいを馳せてみよう。バスの終点の荒浜
は夏場は海水浴 客で賑わうところだった)
*現在はこの様な防潮堤が長々とでき海水浴はできないが波打ち際で遊ぶ家族ずれをみかける この辺りは防砂林を兼ねた松林であった
*写真の仏像右手がバスの終点広場であった